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「ララミーは輝いているね?」、彼は確かにそう言った。
ちょうどその場所に座ると、ララミーが輝いているのがわかるんだ。
……彼の目に何が見えていたか、僕は思い浮かべる。
彼がこの世で最後に見たものは、あの輝く光だったんだ。


<カウボーイの故郷>を満たした、憎悪と祈り。
全米が注視する<差別犯罪>の真相を求め乗り込んだ
オフ・ブロードウェイの劇団員たちが出会った<真実>とは?
……「演劇」と「現実」が織り成す、奇跡のコラボレーション。
ニューヨーク演劇界を震撼させた最新傑作、早くも登場。

撮影=大原狩行

CAST

※すべての俳優は、テクトニック・シアター・プロジェクトの劇団員と、彼らが取材したララミーの住人たちを演じる。



佳梯かこ……レベッカ・ヒリカー(ワイオミング大学演劇学科長) 

      ローズ・リチャードソン(タクシー運転手) 

      ズーベイダ・ウラ(ワイオミング大学学生・イスラム教徒) 

      クリスティン・プライス(加害者アーロンの恋人) 

      レジー・フルーティー(保安官事務所職員) 

      ビル・マッキニー(加害者アーロンの父親) 

      シェリー・ジョンソン(ハイウェイ・パトロール職員の妻) 

      ケリー・ドレイク(記者)


大西孝洋……グレッグ・ピエロッティ(テクトニック・シアター・プロジェクトの劇団員)

        ヒング巡査部長 ダグ・ローズ(モルモン教会ララミー支部集会指導者)

        キャントウェイ医師 ジム・ゲリンジャー知事 

        アンドリュー・ゴメス(ララミーの住人 元服役囚) 

        アーロン・マッキニー(加害者) パム・シアーズ(ララミーの住人)


江口敦子……アイリーン(牧場主) 

      バーバラ・ピッツ(テクトニック・シアター・プロジェクトの劇団員) 

      アリソン・シアーズ(社会福祉関係職員) キャサリン(ララミーの住人)

      ティファニー・エドワーズ(記者)


下総源太朗……ドク・オコナー(リムジン運転手) 

       スティーヴン・ベルバー(テクトニック・シアター・プロジェクトの劇団員)

       カウボーイ(カウボーイ・バーの客) 

       マット・マイケルソン(ファイアーサイド・バーのオーナー) 

       ロブ・ドブリー刑事 フレッド・フェルプス(宗教家)


猪熊恒和……デュボイス学長 

      アンディ・パリス+ジョン・マックアダムス(テクトニック・シアター・プロジェ

      クトの劇団員) スティーヴン・ミード・ジョンソン(牧師) 

      ルーロン・ステイシー(プードル・ヴァレー病院理事長)


宇賀神範子……リー・フォンダコウスキー(テクトニック・シアター・プロジェクトの劇団

       員) ロメイン・パターソン(被害者マシュー・シェパードの友人)

       アーロン・クライフェルズ(ワイオミング大学学生 事件の発見者)


宮島千栄……エイプリル・シルヴァ(ワイオミング大学学生) 

      キャサリン(ララミーの住人)


中山マリ……レポーター 

      アマンダ・グロニッチ(テクトニック・シアター・プロジェクトの劇団員) 

      マージ・マレー(社会福祉関係職員 レジー・フルーティーの母親) 

      バプティスト派牧師 キャサリン(ララミーの住人) 

      シェリー・ジョンソン(ハイウェイ・パトロール職員の妻) 

      ルーシー・トンプソン(加害者ラッセル・ヘンダーソンの祖母) 書記官


川中健次郎……モイセス・カウフマン(テクトニック・シアター・プロジェクトの劇団員) 

       ジョン・ピーコック(ワイオミング大学教授) ロジャー神父 

       ハリー・ウッズ(ララミーの住人) 判事 

       デニス・シェパード(被害者マシュー・シェパードの父親)


向井孝成……ジェディダイア・シュルツ(ワイオミング大学学生) 記者


樋尾麻衣子……ウエイトレス 

       シェリー・イーノンソン(加害者ラッセル・ヘンダーソンの友人) 

       記者 陪審員長


工藤清美……トリッシュ・スティーガー(ロメインの姉)


千田ひろし……ジョナス・スロネイカー(ララミーの住人) 

       ジェフリー(ララミーの住人) アーロン・マッキニーの友達 牧師


丸岡祥宏……マット・ギャロウェイ(ファイアーサイド・バーのバーテン) 記者


内海常葉……フィル・ラブリー(被害者マシュー・シェパードの友人) 記者 

      ザッキー・セルモン(ララミーの住人) ラッセル・ヘンダーソン(加害者)


瀧口修央……シャドー(ファイアーサイド・バーのDJ) カル・レルーチャ(検事) 

      デイヴィス牧師 陪審員長


STAFF

舞台美術/島次郎 

照明/竹林功(龍前正夫舞台照明研究所) 

音響/島猛・大久保友紀(ステージオフィス) 

舞台監督/森下紀彦・海老澤栄 

演出助手/川畑秀樹 

舞台監督助手/山松由美子 

進行助手/吉田智久 

文芸助手/久保志乃ぶ 

衣裳製作補佐/桐畑りか 

イラスト/山田賢一 

宣伝意匠/高崎勝也 

宣伝協力/上田郁子 

舞台写真/大原拓 

企画協力/ステージメディア(NY)平井愛子 

事務補佐/高野旺子 大山頼子 尾形可耶子 小室紀子

協力/C-COM 現代座会館 青柳敦子 藤本典子 寺島友理子 加藤奈緒美 古崎篤

浅井智美 見澤孝一 村上朋弘 幸 山口かおる 名和由理 七ツ寺共同スタジオ

『ララミー・プロジェクト』名古屋公演サポートメンバーズ 扇町ミュージアムスクエア

AI・HALL 柳澤尚樹 

制作/古元道広・国光千世


助成:アーツプラン21 芸術創造特別支援事業



当日配布パンフレットより


『ララミー・プロジェクト』の原風景

坂手洋二


 ニューヨーク発『ララミー・プロジェクト』のオリジナル・プロダクションは、ベネズエラ出身の劇作家・演出家であるモイセフ・カウフマン率いるグループ<テクトニック・シアター・プロジェクト>により、一年半のワークショップで練りあげられた末、昨年二月デンバーで初演。その後オフ・ブロードウェイとしては最大規模のユニオンスクエア・シアターで三カ月にわたる公演を成功させた。今年は国内ツアー、来年はオン・ブロードウェイでの公演が予定されている。この冬放映されたテレビ化作品も成功を収め、現在は映画化の準備が進行中という、昨年のアメリカ演劇屈指の話題作である。
 特筆されるべきは、モイセスを中心とする数人のメンバーが何度もララミーを訪れ、実際に二百人を越える人々にインタビューをして、「マシュー・シェパード殺人事件」の「真相」を探ったことである。
 希れなケースだろうが、「この戯曲は坂手に向いている」と判断したニューヨークのエージェントの動きがあり、とんとん拍子に<燐光群>で日本版を上演することが決まった。これまでお目にかかったことのないスタイルの戯曲だ。劇団にとってはチャレンジだが、ある意味では「挑戦」を受けたかたちのようでもある。
 私自身は、戯曲を読んだだけでそのまま日本の座組を立ち上げることには、どうにも抵抗があった。舞台となっているのがどういう場所かもっと知りたい。「日本から見たアメリカ西部」の紋切り型のイメージからは逃れたい。通りすがりにちょっと覗いたくらいでどうなるものでもないかもしれないのだが、一度ララミーを訪れてみたいと思った。
 日本で販売されているアメリカの観光ガイドブックの中に、ワイオミング州のことはほぼ欠落している。ララミーという街の名など、どの一冊にも見当たらない。ロッキー山脈に繋がる標高二千メートル・人口2万7千のその場所は、陸の孤島か、「さいはてのアメリカ」か。
 アメリカ中央北部西に位置するワイオミングは「西部の中の西部」。西部の荒くれ者の中でも同州出身者は一目置かれたという。ララミーは、日本ではTVシリーズ『ララミー牧場』で知られているように、典型的な西部の田舎町であるはずだった。
 街の真ん中を鉄道が突っ切っている。いったん長距離貨物車が通過し始めると、五分やそこら中断することはない。「これぞアメリカの鉄道」というシロモノで、実際目の当たりにすると圧倒される。鉄道の東側には、僅かに広がる繁華街。幾つかの公共の建物、教会、そして、西部の雰囲気を湛えたバーなどの店々……。カウフマンも言っていたが、1950年代で時間が止まってしまった、映画撮影所のセットのような姿である。
 『ララミー・プロジェクト』はこの街で起きたゲイの大学生マシュー・シェパードを被害者とする殺人事件を題材としている。事件直後から、同性愛者に対する「差別犯罪(ヘイト・クライム)」ではないかという疑惑のため、マスコミの話題になった。アメリカ国内では同性愛者による抗議行動が活発に行われた。暴動にまで発展したケースもある。
 カウフマンによれば、ヘイト・クライムとしてこの事件を語ることも可能ではあるが、この街の貧富の差こそが大きな要因と考えられるという。先述の繁華街の周囲には七十年代から台頭してきたドライブイン・ファストフード店・郊外量販店などが新たな開発地域帯を成しており、鉄道の西側の貧民層地域と激しい落差が生じている。そして、街の東側地域の中心に存在するのが広大な敷地を持ったワイオミング大学であり、この田舎街が実は他の地域から大量の若者や研究者が流入する「大学の街」という一面を持っていることを実感させる。
 貧民層に属した犯人たちにしてみれば、被害者は自分とほぼ同年輩、しかし他地域から来て豊かな生活を保障された、気楽な学生である。しかも彼がこの地域では、差別以前にその存在が表立って語られたことのなかった「同性愛者」であったという加害者側からの「違和感」も加わり、強盗目的のはずの犯罪にある種の感情的な「弾み」がつき、「殺人」に至ったのではないかと推測されているのだ。
 二泊三日の間、私は雪の残る街を歩き続け、瀕死の被害者が発見されたフェンスの場所を探し、また、大学の図書館で文献や新聞を入手した。被害者と加害者が出会ったバーでビールを飲み、玉突きもした。大学のインフォ・センターで被害者について尋ねた時など、創作の中の世界と現実が交差したような、不思議な時間だった。
 ニューヨークで作者や俳優たちと話したところ、まだまだ改訂や創作方針の変更などが考えられる「生きた作品」のようだ。「演劇も一つのジャーナリズムである」という共感できる考え方、「集団創作でなければできないこと」を果たそうとする指向性など、出会うべくして出会った作品なのだなあと、この邂逅に対する感謝の思いを強くした。