過去の上演作品[2011-]
過去の上演作品[2011-]
Suishinha
推進派
作・演出○坂手洋二
<東京>2011年6月8日(水)〜19日(日) 下北沢ザ・スズナリ
<伊丹>2011年6月21日(火)〜23日(木) AI・HALL[共催公演]
<名古屋>2011年6月25日(土)・26日(日) 愛知県芸術劇場小ホール
11/06/08
普天間基地ヘリコプター部隊の移設先に指定された島。
ただただ島の繁栄を願う男のもとに、
混乱に晒された日本各地から流れてきた人々が集まった。
「基地を呼んだら何かいいことがあるなんて、間違ってる」
「自分以外の所に移せばいいというのは、もっと間違ってる」
「人間が、自分の限界を超えて作ったものは、みんな怖いんです」
「現在」をまるごと、つかみ取る。
「今、この瞬間」を刻む。
── 待望の坂手洋二・最新作。
琉球でもヤマトでもない。
ここは俺たちの島だ。
(くまやわっきゃしまだーに)
<CAST>
トミオカ ……… 大西孝洋
シンジョウ …… はしぐちしん
ミサワ ………… 樋尾麻衣子
キタカタ ……… 橋本浩明
フミ …………… 田中結佳
タムラ ………… 猪熊恒和
モモ …………… 根兵さやか
カオリ ………… 安仁屋美峰
トシコ ………… 松岡洋子
ニシマツ ……… 中山マリ
ウメヤマ ……… 川中健次郎
タビラ ………… 杉山英之
ヨシダ ………… 鈴木陽介
キグチ ………… 武山尚史
マエサコ ……… 鴨川てんし
ミチコ ………… 加藤道子
デイジー ……… 福田陽子
マーサ ………… 桐畑理佳
ナンシー ……… 山崎蝶子
ヒデコ ………… 横山展子
<STAFF>
照明○竹林功(龍前正夫舞台照明研究所)
美術○じょん万次郎
衣裳○宮本宣子
音響○島猛(ステージオフィス)
音響操作○齋藤貴博(ステージオフィス)
舞台監督○高橋淳一
演出助手○城田美樹
文芸助手○清水弥生 久保志乃ぶ
美術協力○森下紀彦
宣伝意匠○高崎勝也
方言指導・振付・徳之島アドバイザー○HiRO
協力○コンブリ団 須山扶美子 吉本知世 飯塚亜弓 菅原有紗 合地春菜 小池陽子 増永紋美
八代名菜子 小林千紘 酒井一途 赤須令奈 戸塚治虫 河崎一公
Company Staff○西川大輔 遠藤美緒 向井孝成 宮島千栄 秋葉ヨリエ 内海常葉
制作○古元道広・近藤順子
名古屋公演 制作協力○加藤智宏(office Perky pat) 西杢比野茉実(少年王者舘)
七ツ寺共同スタジオ あいち燐光群を観る会
坂手洋二と次のゲストによるアフタートーク
6月8日(水)HiRO(奄美徳之島唄者)
6月9日(木)保坂展人(世田谷区長)
6月14日(火)堤未果(ジャーナリスト)
■当日配布パンフレットより■
「非常事態」の中で
坂手洋二
震災の衝撃というものは、ある。「まさにその時」のショックは大きなものだ。概して大きな事件には、ボディブローのように潜在的余波があるものだが、今回は「恐るべき事態が始まったに過ぎない」と考えられる点が、これまでにない。地震がこれで終わったわけではないだろうということ、被災して故郷を離れざるを得ず、あるいはそれまでと同じ日常生活を送れなくなった人たちが多くいるという現実、そして、何より原発事故による放射能汚染の脅威がある。政治の空洞化、日本経済の暗澹たる未来が、大きく黒い穴のように、行く手に広がっている。
多くの知己の劇作家たちが「こんな時に何を書けばいいのだろうか」「あらゆる虚構が無意味に思われる」と悩み、じっさい、苦しんでいる。それでも私たちは、専門家であるという意味では、書くことでしか、この事態を乗り越えられない。私自身も例外ではない。現実と離れた劇の場合には、思いきって意識を切り分けることもできるのだろうが、今まさに目の前にある世界との繋がりを抜きには成立しない劇を構築しようとする以上、どのようなリアリティーを選択するべきなのか、思案せざるを得なかった。
既に進行中だった別な戯曲は、震災以前の時期設定であることから、辛うじて押し切った。それでも現実とのコミットを意識することは避けられなかった。予定よりも遅れた。私は同時並行で二本を書けるほど器用ではないため、そして本作『推進派』は、過去時制を取るのでなく、「現在」を舞台とすると判断しただけに、大幅な進行の遅れに直面した。「まさに今」と対峙することは、避けては通れない。劇団員の中からも「震災の現実を前に、演劇を続けていいのかどうか」という悩みや相談があった。そして「まさに今」を描くことへの畏怖を表明する者もいて、また、私自身も考えを変える過程もあり、結果として軌道を修正する部分があった。
進行の遅延、予定の変更により、多くの皆さまにご迷惑をお掛けしたことを、心よりお詫びいたします。
徳之島には昨年五月から計三回行った。得た印象、知識と情報は、そこに暮らす者から見れば、本当にごく僅かなことに過ぎないだろうが、私はこの島の魅力に、すっかりやられてしまった。何度か沖縄を描いてきた私は、米軍もおらず、幸福な秩序を保っているこの島の豊かさが、まるで夢のように思えた。
それでももちろん生活の厳しさがあり、諍いはある。島に海兵隊ヘリコプター部隊を移設する内容を含んだ昨年五月の日米共同声明は撤回されていない。70年代にはこの島に核燃料処理施設建造の話が持ち上がり、地質の問題と六ヶ所村での同施設建設決定に伴い、候補地から外れたという事実もあった。
さまざまな人に会った。あらゆる風景が愛しかった。島にいると、私の人生そのものが励まされるような気がした。劇場とこの島が繋がるような劇を作れたら、と思った。同時に私たちは、この国のかつてない空疎な現実を踏まえる必要がある。
だとしたらまず、その空白そのものを描くところから始めなければならない。皆さまの目の前にある劇場の舞台は、まったくからっぽである。扉も開けたままだ。これは美術プランや演出を怠ったり、間に合わなかったりしたためではない。まず、空白からスタートしたいのだ。
さまざまな現実の影響下にあるとはいっても、今回の劇の舞台設定は架空の「サチノ島」であり、舞台に登場する地名、団体、個人は全てフィクションであることを、お断りさせていただきます。
私たちが今こうして、新作を上演できることを、過去現在未来、お客様も含めて、関わったあるゆる人たちに、感謝したいと思います。