過去の上演作品[2006-2010]

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War and citizen

 

戦争と市民

作・演出坂手洋二


<東京>2008年11月21日(金)〜12月7日(日) 下北沢ザ・スズナリ

<仙台>2008年12月10日(水)〜11日(木) エルパーク仙台スタジオホール

<東京>2008年12月14日(日) 盛岡劇場 メインホール

<名古屋>2008年12月18日(木)・19日(金) 東文化小劇場

<福岡>2008年12月22日(月)・23日(火・祝) イムズホール[イムズパフォーミングアーツシリーズ08  vol.10]

<伊丹>2008年12月25日(木)〜28日(日)AI HALL[共催公演]

 

08/11/21

CAST>


ヒサコ……………………………渡辺美佐子
ミヨコ……………………………田岡美也子
ナガス……………………………児玉泰次
少女………………………………阿諏訪麻子
マコト……………………………猪熊恒和
マユミ/米軍兵2………………佐古真弓
シュウゾウ/大坪中佐/栗原海軍報道部長
 佐藤栄作………………………鴨川てんし
ヨシエ……………………………河野しずか
タツエ……………………………中山マリ
サトオ/米軍将校/ルメイ……川中健次郎
トシノブ…………………………いずかしゆうすけ
若い男・ソラノ/米軍兵1……伊勢谷能宣
若い女・マメノ/米軍兵3……秋葉ヨリエ

ミヨシ………………………大西孝洋

スエムラ……………………吉村直

クスダ/国民服2…………安仁屋美峰

マツノ/国民服3…………樋尾麻衣子

セミ/ミスターB29………杉山英之

ニタニ………………………西川大輔

ハセガワ……………………小金井篤

日本兵/国民服4…………吉成淳一

国民服1……………………武山尚史

国民服5/空襲おばさん…桐畑理佳/鈴木陽介(ダブルキャスト)

事務局員……………………鈴木陽介


STAFF>
美術○加藤ちか 

照明竹林功(龍前正夫舞台照明研究所) 

音響島猛(ステージオフィス)
音響操作○勝見友理(ステージオフィス) 

衣裳小原敏博 

衣裳アシスタント小林由香 

音楽協力PANTA 

舞台監督森下紀彦・三津久 

演出助手城田美樹 

進行助手清水弥生 

文芸助手久保志乃ぶ
題字・イラスト○石坂啓 

宣伝意匠高崎勝也 
協力○岩渕ぐるうぷ グループ る・ばる エム・カンパニー 劇団俳優座 青年劇場 

         劇団民藝 文学座 財団法人セゾン文化財団 高津映画装飾株式会社 

    東宝コスチューム イマジネイション 石井美和
    東京大空襲・戦災資料センター 伊丹シティホテル 杜のホテル仙台 

         ホテルブライトイン盛岡 名古屋演劇鑑賞会 ホテルアセント福岡 

    ホテルイルグランデ梅田
    吉本知世 高子香 澤田今日子 細野舞 八代名菜子 板橋麻里恵 殿塚あずさ 
Special Thanks to○ベニサンスタジオ
Company Staff○成瀬美子・江口敦子・宮島千栄・向井孝成 
制作○古元道広・近藤順子

主催・企画製作燐光群/(有)グッドフェローズ


平成20年度文化芸術振興費補助金(芸術創造活動重点支援事業)


[仙台] 

制作協力柴田環(TIME Create)  

協力おろしまち舞台芸術支援会議 SENDAI座☆プロジェクト 


[盛岡] 

制作協力柏木史江・河村睦(劇団ゼミナール)・澤田綾香(香港活劇姉妹)・沢野いずみ協力岩手県演劇協会 盛岡演劇協会
後援○盛岡市教育委員会 財団法人盛岡市文化振興事業団


[名古屋]

制作協力加藤智宏(office Perky pat) 西杢比野茉実(少年王者舘) 

七ツ寺共同スタジオ

後援名古屋市教育委員会 あいち燐光群を観る会


[福岡]

主催燐光群/(有)グッドフェローズ ピクニック 

特別協力イムズ

戦争は、まだ終わっていなかったんだね……。

失われたことさえ忘れられていた記憶と、

自分自身を取り戻すため、彼女は立ち上がった。


私、目が覚めたの。何十年ぶりかに、しっかりと。
そして、自分が何をすべきか、知った。
わかってもらおうとは思わない。行動で示すの。
誰にも止めることはできない。
私はこの街で、殺されることをほんとうに拒否した、

最初の市民であることを宣言する。

『戦争と市民』について
坂手洋二

 空襲について触れる芝居をつくることは、渡辺美佐子さんとの関わりがなければ、考えられなかった。この劇では、美佐子さんの空襲体験、戦争中の暮らしについての思い出などを、引用させて頂いている。
 2004年、イラクで人質になった旧知の渡辺修孝さんが、安田純平さんと共に解放された。私は広河隆一さんらと共にその報告会を兼ねた集会をお膳立てす ることになり、そこで美佐子さんに戦下のイラク在住女性のメッセージを朗読していただいた。その女性の言葉は、今、そしてこれから、自分の暮らす町にふり かかってくる戦火への恐怖と、その現実に向き合う思いを述べるものだった。
 美佐子さんは朗読に際し、自らも東京大空襲を体験していることをコメントした。
当時を振り返って、「交差するサーチライトと、高射砲の炸裂する夜空は花火のようにきれいで、私はいつも外に出て眺めてた。地下壕の中で爆弾や焼夷弾が落 ちてくる音や地響きだけを聴いているより、目で見ている方が恐くなかった」と語った。私は井上ひさしさんと舞台袖で聴いていたが、その言葉の迫真力に、会 場じゅうが強く引き込まれていることを感じた。そして私は、演劇の中でも、空襲と戦争について語る美佐子さんの声を聴きたいと思った。
 しばしば日本では、歴史を振り返るときに「戦後××年」という言い方をしてきたものだが、「さすがに『戦後七十年』とは言わないだろう」という声を、昨 今あちこちで聞く。日本では本当に、自ら直接関わった「戦争」の記憶を伝承する行為そのものの終焉が訪れようとしているのだろうか。戦争を、他人事と考え たり、表面的な概念や政治的な計算の要素としてのみ捉える言説が、幅を利かせる世の中になってしまうのだろうか。これは、「戦後××年」に代わるフレーズ を見つけられていない私たち自身の問題でもあるのかもしれないが、それより、「戦争」という言葉そのものの持つ直截な意味をとらえる感受性を喪失してし まった現実の想像力の貧困をこそ、憂えるべきだろう。

 『戦争と市民』は、昔から捕鯨をしている土地、「鯨丸市」が舞台である。副題に「鯨丸市年代記」と付けても構わないと思ったが、そう 一筋縄ではいかないことを自分が考えていると、やがて気づいた。
 一つの町の特定の時期の「年代記」を描く試みについては、かなり前から構想はあったが、どういう形にするか結論が出ていなかった。執筆途中までは、マル ケス『百年の孤独』、中上健次作品、クストリッツァ『アンダーグラウンド』等が脳裏をかすめていたが、結果的にはまったく関係なかった。
 今年五月、グルノーブルのフェスティバルで私の『屋根裏』と同時にリーディングされたチュニジア出身の劇作家マリーヌ・オリオルの作品は、ほぼ全てが 「大変化の年代記(Les Chrinique du Grand Mouvement)」という大作の構成要素になる連作なのだそうだ。八年目の今年は第九作めに取りかかっているという。リーディングじたいは聴かず、テキストもフランス語版しかなかったので内容はわかっていないが、一つの都市について執拗に描き続けているらしい。彼女の「私は年代記の登場人物と共に成長 してきたのです」という言葉が印象的だった。なんだかその言葉に背中を押されたような気がしている。
 私もまた、自作の登場人物と、劇団を中心とした同時代の演劇に関わる人々と共に、歩んできたのだと思う。私たちは、私たち自身の年代記を刻みながら生き ているとも言えるのかもしれない。その年代記が、誰に、どのように届けられるのかについて、時々想像してみてもいいのではないかと思っている。